概要
本書は、「古来、日本人は”水”とどのようにかかわってきたのか」といった壮大な問いに向き合い、本書は古代中世の日本人と水の繋がりを深堀り、現代に生きる我々に重要な示唆を与える。
考古学の専門家、学者による「水と古代史」に関するシンポジウム(2004年開催)の内容をもとに編集されており、古代~中世の日本人と水の関わりについて、豊富な専門知や資料を用いて論考を展開しながら、古代日本人と川、暮らし、祭り、信仰と水の関係を紐解いていく。
本書の購入URL↓
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784924899612
著者
森 浩一 他
1928年生まれ。日本考古学、文化史学専攻。同志社大学名誉教授。
要約
古代~中世における日本人の精神性、くらしや祭り、仏教観に”水”が与えた影響や役割など、日本人独特の水に対する感性を見出している。
以下、本書のなかで特に興味深かった内容。
・日本人と川
平安時代には、武士貴族平民の身分を問わず、あらゆる人々が川を題材にした歌を詠んでいる。また、日本語で川を意味する言葉も非常に多い。(広川、大川、小川、荒川、深川、白川など)。
日本は川の景勝が豊かであることから、川から”美”を見出す感性が高い。
本書では、川を3つに分類している。
1.『境界としての川』。
鎌倉幕府は、御家人が京都方と親密になりすぎないように、都との”境界”として墨俣川を渡ることを制限していた。政治的な境界として機能。
2.『神意を伝える川』
桃太郎は川から「神の子」が流れてくる話。古事記には、神と神、神と人が川で繋がる神話が残っており、川は神の意志を媒介する神聖な場所だった。出雲刻風土記の神話には、泉で体を清める話があり、泉と神事の深淵な関係性が示唆されている。
3.『思索としての川』
仏教の修行に「水想観」がある。ひたすら川を眺めて、川の流れや音、泡の浮き沈みから、世の中の本質を汲み取ろうとする修行。
「方丈記」は、水想観を書いている。著者の鴨長明は、幼い頃から川を見て育った。方丈記の書き出しを「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」として、世の中の無常を川に見ていた。
・古代日本の暮らしと水
縄文時代の長者ヶ原遺跡(新潟)や長野の平出遺跡では、遺跡の中央に湧水や池がある。縄文人は自然の摂理に従い、水のちかくで暮らしていた。
人工的な井戸は、弥生時代に現れた。青銅器を製作していた遺跡に井戸が多い。青銅の原料を洗う用途と考えられる。
定住生活の始まりと井戸の出現に深淵な関係が見て取れる。
平安京は、都の中心に神泉池という大きな湧水がある。長岡京から平安京に遷都した理由の一つという説もある。
・古代日本の祭りと水
古代の水祭りは、”水そのものに対する祭り”と、”水を使った祭り”に大別される。
前者は、弥生時代の井戸の周りに銅鐸を並べていたケースなどがある。池上曽根遺跡では、実用性を超越した極端に大きな井戸が見つかっており、井戸自体が水の祭事と王の権力の象徴として機能していた可能性が高い。
後者は、古墳時代の導水施設型埴輪の埋葬などが例にある。導水施設によって得られる「特別な水」に依る神事を丸ごと形象化し、古墳に埋葬していた。水を使った祭りの重要性や、古墳時代の王に治水の実務が課せられていたことが示唆される。

(引用:https://note.com/kameisuistudy/n/n949faa103f14)
・日本人の信仰と水
天台宗を大成した円仁は、妙法写経を行った。法華経を妙法清浄に規定された作法において、清浄な材料で写経する特別な方法である。円仁の滞在拠点近くの”妙法水”と呼ばれる湧水で、墨をすっていたと考えられている。
平安時代中期の法典「延喜式」には、立春に井戸水を”若水”として汲み上げ、若返りのために天皇に捧げる儀式の記載が残っている。万葉集にも若水に関する記載がある。
この信仰は、神仙思想に由来する月の「変若水」がもとであると考えられる。月の中に人が水をくむ形を見たことに加えて、月の満ち欠けを人間の復活、若返りと結びつける日本独自の信仰。
まとめ
日本は、国土の地理的な特性により人と水の距離が近い。そうした環境の中で、日本人は古代から中世にかけて、水を軸に、信仰や暮らし、文化が独自の発展を遂げたと解釈できる。古来より育まれてきた、水辺が豊富な日本ならではの感性を大切にしたい。
水は地域特性が強い。各地域ならではの水の神話や歴史、文化に焦点を当てたストーリーづくり、ブランディングによる製品やサービスの差別化も望める。
古代中世の日本人と水の付き合い方が、現代人と水の繋がり、新しい水インフラの在り方を思考する上で大いに参考になりそうだ。